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溝口敦の斬り込み時評(51)
島田紳助の引退騒動が暗示したのは暴力団は生産せず、消費する一方。ブラックホールのような存在だという一事である。
紳助は芸能界を引退したのだから、引退以降は芸能活動による収入がゼロになる。同時に過去の芸能活動とそれに伴う人気の相乗作用で蓄えた資産と、それを生かした何店もの飲食店経営や、ビルなどの不動産投資も、同様に暴力団により消尽されていく——。
なぜこう断言できるかといえば、暴力団の内側は法治国家ではないからだ。内側に入った以上、法の保護を求めることはできない。紳助を守れるのは暴力だけだが、しかし彼は自前の暴力、つまり彼の命令に従う手兵、子分を持っていない。そのため紳助はライオンの群れに自ら身を投じたに等しい。
たとえば山口組3代目組長・田岡一雄の時代に小田秀臣という若頭補佐がいた。彼は大阪・鶴橋で金融業を営み、山口組の「金庫番」といわれていた。山口組が一和会を分派したとき、彼は心ならずも引退した。その後、彼に会うと「引退した人間には誰もカネは返しませんわ」と寂しげに語っていた。彼の営む金融業は一夜にして倒壊した。
引退した組長はそれまでの子分を手放したということである。そのため手兵という暴力を持たない。借り手とすれば、借りたにはちがいないが、貸し手が暴力を持っていない以上、借りた者に返せとは強く迫れない、よって返す必要がない、と考え、実際に踏み倒す。
それどころか組長が引退すると、それまでの子分たちが引退した組長を脅し、蓄えた財産を引き出すことさえ、特に西日本では行われている。その者が暴力を持っていない、こちらが恐喝しても、相手は警察に被害届を出さない、と分かった以上、それこそ早い者勝ちで引退組長をしゃぶり尽くす。共食いをためらわないのだ。
もちろん紳助は引退した組長ではない。芸能界を引退して山口組系極心連合会(橋本弘文会長、東大阪市)という暴力団に新規参入したにすぎない。
橋本会長が紳助を他の暴力団組員のたかりから保護することはあるだろうが、しかし橋本会長自身がどこかからカネを引っ張ってこないとシノギを続けられないとなったら、紳助に融資を頼むことを誰も阻止できない。
紳助は貸してくれという依頼なり強要なりを実質的に断れない。断れば命に関わるし、それが嫌さに沖縄辺りに逃げてもムダな抵抗である。手はじめに大阪の店やビルを食い荒らされた後、本格的な仲間食いが始まる。
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